スペイン北部に位置するサン・セバスティアンで1999年2月に生を受けたマルティン・スビメンディ。サッカーとの出会いは早く、地元クラブ・アンティグオコで才能を磨いた後、12歳でレアル・ソシエダの育成機関「スビエタ」に加わることとなる。
同アカデミーは、ミケル・アルテタやシャビ・アロンソらを輩出した名門。スビメンディもまた、その厳しくも実践的な育成の中で成長を遂げた。レアル・ソシエダBで1年間指導を受けたアロンソ監督の影響は絶大だったという。アロンソは「彼はすべての監督が欲しがるタイプ。利他的で、仲間をより良く見せる力がある」とその資質を評価していた。
突出した才能で注目を集める選手ではなかったが、地道にキャリアを積み重ねていく姿勢は、静かなる指揮官としての現在の姿へとつながっていった。
中盤の歯車として躍動したレアル・ソシエダ時代
レアル・ソシエダBでのプレーを経て、2019年にトップチームデビューを飾ったスビメンディは、数年のうちに欠かせぬ存在となった。2020年以降は毎シーズン40試合以上に出場し、200試合以上の出場を記録。クラブの中盤における重心として機能し続けた。
ダビド・シルバやアシエル・イジャラメンディといったベテランがクラブを去った後も、戦術理解度と安定感でチームを牽引。コパ・デル・レイ制覇、そしてチャンピオンズリーグやヨーロッパリーグなど欧州を舞台でも活躍できることを証明してきた。
強豪クラブからの関心が届く中、移籍を即断することはなかった。リヴァプールやレアル・マドリードなどが興味を示していた中でも「内なる感覚に従った」と語り、クラブへの忠誠を貫いた。特に昨夏にはクラブ間合意まで達し、アンフィールド行き間近と思われたが、直前で思いとどまった。
EURO2024制覇と代表での進化
クラブでの安定感は、やがてスペイン代表への招集につながる。2021年にA代表デビューを果たすと、すぐに戦術的な適応力を見せ、EURO2024までに17キャップを重ねた。
チェスのような視野、そして局面ごとの判断力。構造を読む中盤の知将として、またチームのバランス役としてEURO2024を通じて燻し銀の活躍を見せた。レギュラーではなかったが、短い時間でさらなる高い評価を得るに値するパフォーマンスを披露した。
リヴァプールからの誘いを蹴り、ソシエダに残留した昨シーズンには48試合をこなした。ヨーロッパでも屈指の守備的ミッドフィルダーとしての評価を欲しいままにするスビメンディに対し、同胞のアルテタ監督率いるクラブが接近することになった。
アーセナルで迎える新たな挑戦
ついに決断の時が訪れる。2025年7月、スビメンディは6500万ユーロでアーセナルへ加入。この移籍はアルテタ監督直々の強い要望によるものだった。背番号36を背負い、ケパに続く夏の2人目の補強となった。
中盤ではジョルジーニョとトーマス・パーティが去った穴を埋める形となり、デクラン・ライスやマルティン・ウーデゴールとのトリオ形成が注目されている。英『BBC』は「彼の加入によって、アーセナルの中盤は完成形に近づいた」と指摘。開幕戦である8月17日のマンチェスター・ユナイテッド戦でのプレミアデビューが期待されている。
自身も「アーセナルは若く、野心的なチーム。自分のスタイルと合っている」と語っており、新天地での成功を強く意識している。昨夏には育ったクラブに忠誠を誓ったものの、その忠誠心を上回る何かがエミレーツ・スタジアムにあったに違いない。
マルティン・スビメンディは、決して派手ではなく、目立つタイプではない。それでも、彼のパス一つ、ポジショニング一つが、チーム全体を整え、流れを変える。まるで静かに音を束ねる指揮者のように、ピッチ上で調和を生み出す存在だ。
アーセナルの中盤に加わったことで、クラブは新たなステージへと踏み出す。戦術理解、展開力、守備力。すべてを兼ね備えたこの司令塔が奏でる新たな旋律が、北ロンドンに勝利の調べをもたらす日はそう遠くない。