カタール・ワールドカップの英雄が、新たな舞台への扉を開こうとしている。アストン・ヴィラの絶対的守護神エミリアーノ・マルティネスを巡り、ヨーロッパサッカー界で壮絶な争奪戦が勃発した。
チャンピオンズリーグ初制覇を成し遂げたばかりのパリ・サンジェルマン(PSG)と、伝統の復権を目指すマンチェスター・ユナイテッド、この2つのビッグクラブが3000万ポンドという移籍金でアルゼンチン代表の32歳に熱視線を送っている。
ヤシン・トロフィーを2年連続で獲得し、世界最高峰のゴールキーパーとしての地位を確立したマルティネス。彼の去就は今夏の移籍市場における最大の注目株となっており、その動向はプレミアリーグからリーグ・アンまで、欧州全土に影響を与える。
PSGの三冠達成後、新たな野望とドンナルンマ問題
2024-25シーズンでリーグ・アン、クープ・ドゥ・フランス、そして悲願のチャンピオンズリーグを制し、フランスクラブ史上初の三冠を達成したPSG。インテルを5-0で粉砕した決勝戦の圧倒的パフォーマンスは、世界中のサッカーファンに強烈な印象を残した。しかし栄光の陰で、ゴールキーパーポジションに深刻な問題を抱えている。
現在の正守護神ジャンルイジ・ドンナルンマとの契約延長交渉が数カ月にわたって停滞。2026年6月末までの現行契約は残り1年を切り、クラブ側が提示する新しい契約条件とドンナルンマ側の要求に大きな隔たりがある。
PSGはコストカットを図る新方針の下、基本給を抑制してパフォーマンス連動型ボーナスの比重を高める契約を打診しているが、イタリア代表守護神の陣営は条件に納得していない状況が続いている。
このドンナルンマ問題の代替案として浮上したのが、まさにマルティネスだ。PSGのスカウト陣は、カタール・ワールドカップでアルゼンチンの優勝に大きく貢献し、アストン・ヴィラでも圧倒的な存在感を示すアルゼンチン代表の実力を高く評価。
特に決定的な場面でのセービング能力と、試合の流れを変える精神的な強さは、チャンピオンズリーグという最高峰の舞台で戦うPSGが求める資質そのものだ。
マンチェスター・ユナイテッドの復権戦略とオナナへの不安
一方のマンチェスター・ユナイテッドにとって、マルティネス獲得はクラブ復権への重要な鍵となる。アンドレ・オナナの加入から2シーズンが経過したものの、期待されたレベルには達しておらず、クラブ内部からは一貫性の欠如を指摘する声が上がっている。
元アストン・ヴィラのGKコーチで、マルティネスを直接指導した経験を持つニール・カトラー氏は「エミにとってユナイテッド移籍は魅力的な選択肢の一つ」と明言。
「エミはユナイテッドのようなビッグクラブでプレイするために必要な自信を持っており、クラブに本当に良い影響を与えられる。彼はユナイテッドを見てこう言うだろう。『よし、俺はこの場所をもっと良くできる。このクラブを以前のような状態に戻す手助けができる』とね」と語り、マルティネスの人間性とメンタリティを絶賛した。
実際、マルティネスの代理人も昨年夏、「昨年、彼はマンチェスター・ユナイテッドに非常に近づいていた。監督はオナナを選んだが、それは彼をすでに知っていたからだ。だけどその後、勝利するための理想的なGKはエミリアーノ・マルティネスだったと、マンチェスター・ユナイテッドの全員が主張していたよ」と証言している。
この発言は、ユナイテッド内部でマルティネスへの評価が極めて高いことを物語っている。特に重要な局面での勝負強さは、近年タイトル争いから遠ざかっているクラブが最も必要とする要素だ。
アストン・ヴィラでの偉業と移籍金設定の妙
2020年9月にアーセナルから移籍して以来、マルティネスはアストン・ヴィラで真の守護神として君臨してきた。200試合以上の出場で70回のクリーンシートを達成し、プレミアリーグ屈指のゴールキーパーとしての地位を不動のものとした。2023年のヤシン・トロフィー受賞に続き、2024年も連続受賞を果たすなど、その実力は世界レベルで認められている。
アストン・ヴィラが設定した3000万ポンドという移籍金は、現在の市場価値を考慮すれば決して高額ではない。32歳という年齢を考慮しても、世界最高レベルのゴールキーパーとしては妥当な価格設定と言えるだろう。この金額は、PSGとマンチェスター・ユナイテッドの両クラブにとって十分に手の届く範囲であり、移籍実現への現実的な道筋を示している。
クラブ関係者は「エミリアーノがアストン・ヴィラでの最後の試合を終えた可能性がある」と示唆しており、移籍への地ならしが着々と進んでいることを窺わせる。ただし、PSGがリールの若手GKリュカ・シュヴァリエの獲得を進めているという報道もあり、マルティネス争奪戦の行方は予断を許さない状況だ。
しかし、シュヴァリエはまだ22歳の若手であり、即戦力として期待されるマルティネスとは求められる役割が異なる。PSGが本格的にタイトル争いを継続するためには、経験豊富で勝負強いマルティネスの存在は不可欠であり、両選手の併行獲得も十分に考えられる。
アルゼンチン代表の守護神を巡る争奪戦は、単なる選手移籍を超えた戦略的な駆け引きの様相を呈している。マルティネス自身の決断が、今夏の移籍市場における最大のサプライズを生み出すかもしれない。