8月3日のソウルで起きた悲劇が、トッテナムの夏を一変させた。わずか12分間の出場でピッチに崩れ落ちたジェームス・マディソン、そして10年間の愛を込めてファンに別れを告げたソン・フンミン。2人の主力の負傷と退団が引き金となり、北ロンドンのクラブは今、マンチェスター・シティのジャック・グリーリッシュ獲得へと電撃的に舵を切っている。
トーマス・フランク新監督が事態を「brutal(残酷)」と表現したのも無理はない。マディソンの負傷は昨季末と同じ右膝への再発で、長期離脱は避けられない状況だ。一方、ソン・フンミンのLAFC移籍が決まり、韓国の英雄は新天地アメリカでの挑戦を選んだ。攻撃の創造性と得点力を同時に失ったトッテナムにとって、残された移籍市場での勝負は文字通りサバイバルとなった。
英『Sports Mole』の独占情報によると、グリーリッシュ自身がロンドンでのプレーに強い関心を示しており、トッテナムへの移籍が現実的な選択肢として急浮上している。シティでの出場機会に限界を感じている29歳のイングランド代表にとって、来年のワールドカップ前にレギュラーポジションを確保できる環境は魅力的に映っているのだ。
マディソン負傷とソン退団がもたらした戦術的空白
トッテナムが直面している現実は、単純な選手不足を超えた戦術的な根幹の揺らぎだ。マディソンはフランク監督のシステムにおける創造性の中核であり、その精密なパス能力とセットプレーの技術は代替不可能な存在だった。昨季は膝の負傷で欧州リーグ決勝を欠場したものの、リーグ戦では4ゴール9アシストという堅実な数字を残していた。
そのマディソンが再び同じ膝を痛めたことで、トッテナムの中盤構成は根本的な見直しを迫られている。フランク監督は試合後のインタビューで「最も可能性が高いのは深刻な負傷だ。正直に言わなければならない。前回と同じ膝の負傷だ」と厳しい現実を認めた。ピッチで頭を抱えて泣き崩れたマディソンの姿は、クラブとファンにとって悪夢の再来となった。
一方、ソン・フンミンの退団は感情的な別れを超えた戦術的損失をもたらしている。10年間で173ゴール101アシストという驚異的な数字を残した韓国の英雄は、左ウィングからの切り込みと決定力でチームの攻撃を支えてきた。特に昨季の欧州リーグ制覇では、決勝のマンチェスター・ユナイテッド戦でも存在感を示し、17年ぶりのタイトル獲得に貢献した。
既にウェストハムから5500万ポンドでモハメド・クドゥスを獲得しているものの、マディソンとソンが残した複合的な穴を埋めるには明らかに戦力不足だ。パペ・マタル・サーが攻撃的な役割で3試合連続ゴールを記録しているが、長期的な解決策とは言い難い。ノッティンガム・フォレストのモーガン・ギブス=ホワイト獲得に失敗した今、グリーリッシュは残された数少ない現実的な選択肢となっている。
グリーリッシュのロンドン愛と週給30万ポンドの現実
グリーリッシュを取り巻く状況は、トッテナムにとって追い風と向かい風が複雑に入り混じっている。最大の朗報は、選手本人がロンドンでのプレーに前向きな姿勢を示していることだ。エヴァートンからも関心を寄せられているが、首都でのプレーを望む気持ちが勝っているとされる。
シティでの現状を見れば、移籍への動機は十分すぎるほどある。昨季はプレミアリーグでわずか7試合の先発出場に留まり、ペップ・グアルディオラ監督のローテーションに埋もれる形となった。クラブワールドカップのメンバー27名からも外されたことで、もはやエティハドでの余剰戦力であることは明白。
ただし、最大の障壁は週給30万ポンドという法外な年俸だ。これはトッテナムの給与体系を根底から覆すレベルの金額であり、ダニエル・レヴィ会長がこれまで避けてきた高額契約の典型例。スタジアム建設で8億7200万ポンドの負債を抱え、移籍金の未払いも3億3000万ポンドに上る財政状況を考慮すれば、シティ側の給与負担なしには実現困難な取引となる。
グリーリッシュにとっても、トッテナムでの再起は魅力的な選択肢だ。ヨーロッパリーグ覇者として来季はチャンピオンズリーグ出場権を獲得しており、ワールドカップイヤーを前にした重要なシーズンで主力としてプレーできる環境が整っている。ミッドフィールダーとしてもウィンガーとしても起用可能な柔軟性は、フランク監督の戦術に完璧にフィットする要素だ。
トッテナムの今夏は、逆境を転機に変える真の試金石となった。マディソンとソンという2本の柱を失った痛手は計り知れないが、グリーリッシュという世界クラスの才能を手に入れることができれば、新たな戦術的可能性が開けてくる。残された移籍市場の時間は限られているが、北ロンドンのクラブが見せる底力が今こそ問われている。