マンチェスターの鉛色の空が、これほどまでに重くのしかかる冬があっただろうか。オールド・トラッフォードのピッチには、かつて希望の光そのものとして輝いていたコビー・メイヌーの姿がない。アカデミーが生んだ最高傑作とも言われ、赤い悪魔の復権を託されたはずの背番号は今、分厚いベンチコートに身を包み、白い息を吐くだけの時間を過ごしている。
時計の針は残酷に進み、冬の移籍市場開幕まであとわずか。この冷え切った現状を打破すべく、イタリア南部の情熱的なクラブが具体的な行動を開始した。
イタリアの有力メディア『Calciomercato』が報じた内容は、ユナイテッドサポーターの心胆を寒からしめるに十分な破壊力を持っている。セリエAの雄、ナポリがこのイングランド代表MFを1月のトップターゲットに指名し、スポーツディレクターのジョバンニ・マンナが既に獲得へ向けた包囲網を敷き始めているようだ。
アモリム式「3-4-3」が生んだ戦術的乖離とナポリが見出した勝機
ルベン・アモリム監督が持ち込んだ戦術的パラダイムシフトがメイヌーのプレー時間に影響を与えた。就任以来、アモリムは自身の代名詞である「3-4-3」システムをチームに浸透させてきた。このシステムにおける “2ボランチ” に求められるのは、広大なスペースをカバーする圧倒的な走力、強度の高いデュエル、そしてトランジションにおける即時奪回の能力。
メイヌーは卓越したボールコントロールと、密集地帯を切り裂くドリブル、そして冷静な配球力を持つワールドクラスのタレントだ。しかし、アモリムが求める「ピッチを縦横無尽に走り回る猟犬」としての適性において、監督の信頼を勝ち取れていない。
指揮官は中盤の底に、よりフィジカルコンタクトに優れ、守備的なタスクを完遂できる「戦士」を優先して起用している。ボールを持てば誰よりも優雅なメイヌーだが、ボールを持たずに走り続けることを強要される現行システムでは、彼の魔法は発動しない。この戦術的なミスマッチこそが、ベンチを温める現状を生み出した元凶。
ナポリのSDジョバンニ・マンナは、この隙を見逃すような甘い男ではない。ナポリがメイヌーに固執する理由は明確だ。セリエAというリーグは、イングランドほどカオスな展開になりにくく、戦術的な駆け引きとポゼッションの質が勝敗を分ける。
中盤の底からゲームを組み立て、相手のプレスを一枚剥がして数的優位を作り出すメイヌーの能力は、ナポリにとって喉から手が出るほど欲しいピース。初期的な問い合わせを済ませており、その評価は揺るぎない。ナポリにとってメイヌーは、かつてスタニスラフ・ロボツカらが担ったレジスタの系譜を継ぎ、さらに推進力を加えた理想的な司令塔として映っている。
さらにナポリ側は、マンチェスター・ユナイテッドが抱えるジレンマも計算に入れている。彼らが用意しているとされるプランは、完全移籍の即決ではない。
買い取り義務付きのローン移籍、あるいは出場数やCL権獲得などの条件達成による買い取り条項を含んだオファーが基本となる。イタリアのクラブが得意とするこの手法は、リスクを最小限に抑えつつ、世界的なタレントを手中に収めるための常套手段である。
PSRの「錬金術」となるホームグロウン売却とファンの感情的限界
マンチェスター・ユナイテッドの経営陣にとって、このオファーは悪魔の囁きのように響くはずだ。プレミアリーグの厳格な収益と持続可能性に関する規則（PSR）において、アカデミー出身選手（ホームグロウンプレーヤー）の売却益は、帳簿上「純利益（100%の利益）」として計上できる。巨額の補強費を投じてきたクラブにとって、メイヌーの売却は一発で財務状況を健全化させる錬金術となり得るのだ。
アモリム監督の下で出場時間が限られ、市場価値がこれ以上下落する前に高値で売り抜ける。経営的な観点だけで見れば、この冬にナポリへ放出することは合理的な判断として正当化されるかもしれない。
しかし、それはクラブの魂を売り渡す行為に等しい。メイヌーは、暗黒期を彷徨うユナイテッドにおいて、サポーターが唯一無二の希望として愛でてきた存在。戦術に合わないという理由だけで、しかも財務調整の道具として他国へ放出することは、オールド・トラッフォードの住人たちが抱くクラブへの忠誠心を根底から破壊する引き金になりかねない。
だが、選手サイドの視点に立てばどうだ。20歳という、一日一日が成長のために不可欠な時期に、自身のスタイルを評価しない監督の下で腐り続けるのか。それとも、自身の技術を最大限に評価し、熱狂的なスタジアムが待つナポリへ渡り、新たな伝説を築くのか。
メイヌー自身の去就に対する考えも揺れ動いているという。アモリムのサッカーに適応しようともがく日々の中で、自身のアイデンティティを見失いかけている彼にとって、イタリアからの誘いは、フットボーラーとしての尊厳を取り戻すための救命ボートに見えているはずだ。
1月の移籍市場が開いた瞬間、マンチェスターとナポリの間で激しい綱引きが始まる。それは単なる選手の移動ではない。ユナイテッドが「勝利のためのプラグマティズム」を選ぶのか、それとも「クラブのアイデンティティ」を守り抜くのか、その哲学が問われる分水嶺となる。
個人的な見解
ルベン・アモリムが優秀な戦術家であることは認める。しかし、監督のシステムとは本来、在籍する選手の強みを最大化するために構築されるべきものではないか。
コビー・メイヌーという、10年に一度現れるかどうかの稀有な才能を、「走力が足りない」「強度が足りない」といった画一的な物差しで測り、ベンチに追いやるなど愚の骨頂。
システムに人を合わせるのではなく、人に合わせてシステムを微調整する柔軟性こそが、真の名将の条件であるはずだ。もしアモリムが自身の「型」を優先するあまり、メイヌーという傑作を使いこなせないのであれば、その程度の器だったと断じざるを得ない。
一方で、メイヌーのキャリアを案じるならば、ナポリ移籍は極めて魅力的な選択肢だと断言する。セリエAの緻密な戦術構造の中で、彼のようなインテリジェンスの高いMFは水を得た魚のように躍動するだろう。
中盤でのボールロストが許されない緊張感、そして戦術眼を養う環境として、イタリア以上の場所はない。マンチェスター・ユナイテッドがPSRの数字合わせとして放出する愚行に走るならば、それはクラブの死を意味するが、メイヌー個人にとっては、フットボールの神髄に触れる素晴らしい冒険の始まりとなる。
愛するクラブが至宝を手放す姿は見たくないが、才能がベンチで死んでいく姿を見るのはもっと辛い。この冬、残酷な決断を目撃することになるかもしれない。