マンチェスターの冬空の下で、オールド・トラッフォードの強化部は次なる一手を静かに、しかし確実に進めている。夏の移籍市場で敢行された前線の刷新は、確かにチームの顔ぶれを一変させた。
ポテンシャルを開花させきれなかったラスムス・ホイルンドを武者修行のローンへと送り出し、代わって新たなエースとして迎え入れた「スロベニアの怪物」ベンヤミン・シェシュコは、その圧倒的な高さとスピードでプレミアリーグのディフェンダーたちを恐怖に陥れている。
しかし、赤い悪魔の野心はそこで留まることを知らない。シェシュコという「巨塔」の足元を支え、あるいはその不在時に全く異なる脅威を与える「狂犬」の確保に動き出したのだ。その名はクチョ・エルナンデス。スペイン・アンダルシアの地で輝きを放つコロンビア人アタッカーである。
2600万ポンドの攻防戦と「シェシュコ一極集中」からの脱却
スペイン紙『Fichajes』が報じたスクープは、マンチェスター・ユナイテッドの明確な意図を浮き彫りにした。提示された移籍金は2600万ポンド。現代のインフレ市場においては「格安」とも映る数字だが、これはバックアッパー確保のための投資ではない。シェシュコやジョシュア・ザークツィーらと競わせ、攻撃のオプションを劇的に増やすための戦略的な手段だ。
レアル・ベティスにとって、このオファーは到底受け入れがたいもの。現在、マヌエル・ペレグリーニ監督の戦術において、クチョは不可欠なフィニッシャーであり、チャンスメイカーでもある。シーズン半ばでの主力引き抜きは、クラブの欧州カップ戦出場権争いにおいて白旗を上げるに等しい行為。
当然、ベティス側は門前払いの構えを見せている。だが、ここで鍵を握るのは「選手の野心」という不確定要素だ。かつてワトフォードでプレミアリーグの厳しさと華やかさを肌で知るクチョにとって、再建期を経てタイトル争いへと戻りつつあるユナイテッドからのオファーは、キャリアの最終到達点となり得る。
ユナイテッドがなぜ今、クチョなのか。それは夏の刷新で獲得した新戦力たちの特性と無関係ではない。シェシュコは広大なスペースとハイボールを制圧し、ザークツィーは中盤に降りてゲームを作る。
彼らは綺麗なフットボールを完結させる能力に長けている。対してクチョは、泥にまみれることを厭わない。密集地帯で強引にシュートコースをこじ開け、ルーズボールに頭から突っ込む。この「異物感」こそが、拮抗した試合展開で膠着状態を打破する劇薬になり得る。
オールド・トラッフォードが求める「南米の蛮性」とプレッシングの強度
クチョ・エルナンデスのプレー映像を見れば、ただの点取り屋ではないことは一目瞭然。身長176cmと小柄ながら、岩石のような体幹を持ち、大柄なセンターバックを背負っても微動だにしない。
特筆すべきはその守備強度。シェシュコも献身的なプレスを見せるが、クチョのそれは「狩り」に近い。ボールホルダーに対して猛然と襲いかかり、パスコースを限定し、ミスを誘発する。ルベン・アモリム監督が志向するハイインテンシティなフットボールにおいて、前線からの守備スイッチを入れる役割として彼以上の適任者はいない。
また、彼のキャリアにおける「再起」の物語も、今のユナイテッドのメンタリティに合致する。プレミアリーグでの降格、アメリカMLSでの爆発、そしてラ・リーガでの復権。エリート街道を歩んできた選手が多い現在のチームの中で、彼のような雑草魂を持つ選手は、ロッカールームに健全な危機感と闘争心をもたらす。
2600万ポンドで、ラ・リーガで実績を残す26歳のアタッカーを獲得できるチャンスはそう多くない。右ウイング、セカンドトップ、そしてセンターフォワードと、前線のあらゆるエリアで機能するポリバレント性は、過密日程を戦う上で計り知れない価値を生む。
シェシュコが「剛」ならば、クチョは「柔」であり「動」。この異なる個性が噛み合った時、マンチェスター・ユナイテッドの攻撃陣は、欧州でも屈指の破壊力を持つことになる。1月のマーケットが開くと同時に、赤い悪魔はこの「コロンビアのダイナマイト」に着火する準備を整えている。
個人的な見解
シェシュコやザークツィーの獲得で前線のタレント力は確かに向上したが、どこか優等生ばかりが揃ってしまった感は否めなかった。
プレミアリーグの泥臭い戦いを制するには、クチョ・エルナンデスのような「エゴ」と「献身」が同居するファイターが絶対に必要。
ピッチ上で誰よりも走り、誰よりも戦い、そして誰よりも勝利に飢えている。その姿勢は、かつてオールド・トラッフォードを熱狂させたカルロス・テベスを彷彿とさせる。
2600万ポンドという金額も、近年の移籍市場の狂乱ぶりを考えれば極めて理にかなった投資だ。即戦力でありながら、まだ成長の余地を残し、何よりプレミアリーグへの適応に不安が少ない。
ホイルンドの成長を待つという長期的なプランを崩さずに、短期的な起爆剤としてこれほど優秀な人材は市場にいないだろう。ベティスとの交渉は一筋縄ではいかない。
だが、タイトルを本気で狙うなら、ユナイテッドはこの交渉を強引にでもまとめ上げるべきだ。シェシュコの隣にクチョが並び立つ。その光景を想像するだけで、後半戦への期待は高まるばかりだ。これは、絶対に逃してはならない獲物である。
