北東部の冷たい風が吹き荒れるセント・ジェームズ・パークに、新たな熱狂の予感が漂い始めた。2025年も残すところあと僅かとなり、冬の移籍市場開幕へのカウントダウンが聞こえる中、ニューカッスル・ユナイテッドが一人の若き才能に狙いを定めた。
その名はビラル・エル・カンヌス。現在21歳のモロッコ代表MFは、ドイツ・ブンデスリーガのVfBシュトゥットガルトで、その溢れんばかりの才能を爆発させている。レスター・シティからのローン移籍という形でドイツの地に渡った彼は、イングランドで味わった挫折を糧に、欧州屈指の司令塔へと変貌を遂げた。
マグパイズが画策するのは、単に有望な若手を引き抜くという平易な話ではない。そこには、現代フットボールビジネスの冷徹な論理と、選手の熱い野心が複雑に絡み合う、極めてスリリングなドラマが潜んでいる。
シュトゥットガルトが描く転売のシナリオとニューカッスルの勝算
この移籍話が極めて興味深いのは、その契約構造の複雑さにある。英『TeamTalk』が報じた情報を整理すると、現在のエル・カンヌスはレスター・シティからのレンタル選手という立場。
しかし、VfBシュトゥットガルトはこの契約に約2000万ユーロから2500万ユーロと推定される買取オプションを付帯させている。ドイツのクラブにとって、現在のエル・カンヌスの市場価値は、この設定金額を遥かに上回るという確信がある。
彼らの計画は冷徹かつ合理的。まず買取オプションを行使してレスターから保有権を完全に獲得し、その直後に、より高額な移籍金でニューカッスルへ売却する。まさに「安く買って高く売る」というビジネスの鉄則を、たった一度の移籍ウィンドウ内で完遂しようというわけだ。
ニューカッスルにとって、上乗せされた価格は痛手となり得るが、エディ・ハウ監督が求める戦術的なピースとして、彼はその対価に見合うだけの価値がある。今季のニューカッスルは、強度の高いプレスと縦への速さを武器に戦っているものの、引いた相手を崩し切る「アイデアの枯渇」に悩まされる試合が散見される。
中盤の底からゲームを組み立てるブルーノ・ギマランイスや、ハードワークを厭わないサンドロ・トナーリの脇で、ファイナルサードにおいて決定的な違いを生み出せる「魔法使い」の存在が不可欠なのだ。
さらに、この移籍を後押しする最大の要因は、選手自身の強烈な意思にある。報道によれば、エル・カンヌスは自身の近しい関係者に対し、プレミアリーグへの郷愁と復帰への渇望を吐露しているという。
レスター・シティ在籍時は、イングランド特有の激しいフィジカルコンタクトとプレースピードへの適応に苦しみ、不完全燃焼のままドイツへ渡った。しかし、ブンデスリーガという戦術的に高度なリーグで揉まれ、持ち前のテクニックに力強さを加えた今の彼にとって、プレミアリーグはやり残した宿題であり、自身の真価を証明すべき約束の地となる。
覚醒したNo.10、ビラル・エル・カンヌスがもたらす戦術的革新
VfBシュトゥットガルトでのエル・カンヌスは、まさに水を得た魚のようだ。ピッチ中央でボールを受ければ、瞬時に前を向き、相手ディフェンスラインの急所を突くスルーパスを供給する。彼のプレーには、データだけでは測れない「華」がある。
密集地帯でもボールを失わない驚異的なキープ力、数手先を読む空間認知能力、そして何より、観客の息を呑ませる創造性。これらは、現在のニューカッスルに最も欠けている要素と言っても過言ではない。
ブンデスリーガでのプレーを見る限り、彼の守備意識の向上も見逃せないポイントだ。かつては守備への切り替えの遅さを指摘されることもあったが、シュトゥットガルトでの規律あるプレッシング戦術の中で、彼は汗をかくことを厭わない現代的なMFへと進化した。
エディ・ハウ監督は、才能だけで走らない選手を好まない。その点において、ドイツで叩き込まれた戦術的規律とハードワークは、セント・ジェームズ・パークの厳しい要求水準をクリアするための大きな武器となる。
また、アンソニー・ゴードンといったスピードスターたちとの相性も抜群だろう。彼らが裏へ抜け出す動きに対し、エル・カンヌスは「ここしかない」というタイミングでボールを届けることができる。これまでのニューカッスルが、サイド攻撃や個人の打開力に依存していた部分を、彼の中央からの配球が劇的に変える可能性がある。
ニューカッスルが彼を獲得できれば、攻撃のバリエーションは飛躍的に増大し、トップ4争い、あるいはその先のタイトル争いにおいて、強力な推進力を得ることになる。レスター・シティが保有権を持ちながらも、主導権はシュトゥットガルト、そして最終的な行き先はニューカッスルというこの奇妙な三角関係は、冬の市場の目玉として世界中のフットボールファンを釘付けにするはず。
個人的な見解
今回のエル・カンヌスを巡る動きは、現代フットボールにおける「レンタル移籍」の在り方が変わりつつある実例として非常に興味深い。かつてレンタルとは、出場機会を得るための修行の場、あるいは余剰戦力の整理という意味合いが強かった。
だが、シュトゥットガルトの動きは、それを純粋な投資機会、あるいはキャピタルゲインを得るための金融商品のように扱っている。選手を右から左へ流すだけで数百万、数千万ユーロの利益を確定させる。ビジネスとしては極めて優秀だが、一人のフットボールファンとしては、選手が商品として扱われる露骨さに一抹の寂しさを覚えないわけではない。
しかし、エル・カンヌス本人の視点に立てば、これは千載一遇のチャンスとなる。レスターでの失敗というレッテルを貼られたままキャリアを終えるか、それともチャンピオンズリーグ出場権を争うニューカッスルで主役を張るか。その差は天と地ほどもある。
ドイツで磨き上げた自信と技術を携え、最も過酷で華やかなプレミアリーグに殴り込みをかける。その気概があるのなら、私はこの移籍を全面的に支持したい。ビジネスの道具として利用されるのではなく、そのビジネス構造さえも自らのステップアップの踏み台にしてしまうほどの強かさと実力を、彼には期待したい。
セント・ジェームズ・パークの熱狂的なサポーターは、真に戦う者の背中を全力で押す。彼がその資格を持っているかどうか、答えはピッチの上にある。
