12月の冷たい風がマージー川から吹き荒れる中、エヴァートンのフロントオフィスはピッチ上の寒さとは無縁の熱気に包まれている。2025-26シーズンも折り返し地点が見え始め、過密日程が続く「フェスティブ・ピリオド」への突入と共に、1月の移籍市場に向けた水面下の攻防が激化しているからだ。
今季、新スタジアムであるブラムリー・ムーア・ドックへの移転という歴史的な転換点を迎えたトフィーズだが、その華々しい舞台装置とは裏腹に、ピッチ上の守備組織は盤石とは言い難い。デイヴィッド・モイーズ監督が求める堅牢な要塞を完成させるため、クラブ首脳陣は欧州全土にスカウト網を張り巡らせてきた。
そして今、彼らのレーダーが捉えたのは、スペインとイタリアでその名を轟かせるブラジル人センターバック、ナタンである。
崩壊か再生か、エヴァートン守備陣が抱える構造的欠陥とナタン待望論
今季のエヴァートンを語る上で避けて通れないのが、守備強度のムラだ。ジェームズ・ターコウスキらが身体を張ってゴールを死守する姿は健在だが、最終ラインの怪我人の連鎖や、ジャラッド・ブランスウェイトを取り巻く絶え間ない移籍の噂が、チーム全体に不安定な影を落としている。
特に現代フットボールにおいて戦術の生命線ともなる「左利きのセンターバック」の層の薄さは、ビルドアップの詰まりや守備スライドの遅れといった具体的な綻びとして表出している。
ここで浮上したナタンの名前は、まさにこの欠落したピースを埋めるための最適解だ。スペイン紙『Fichajes』が報じたところによれば、エヴァートンはこの冬のマーケットで守備ユニットの刷新を最優先事項としており、その筆頭候補としてナタンの獲得に本腰を入れている。
ナタンはレッドブル・ブラガンチーノで研鑽を積み、ナポリでのスクデット争いやチャンピオンズリーグの重圧、そしてレアル・ベティスでのラ・リーガ特有の技術戦といった異なる環境に適応してきた実績を持つ。
彼がエヴァートンにもたらすのは、単に失点を減らすという数字上の貢献だけではない。ナタンのプレースタイルは、ブラジル人特有の野生的な対人能力と、欧州で叩き込まれた戦術的規律のハイブリッドだ。
相手フォワードがボールを受ける前に潰す「迎撃型」のディフェンスは、ダイチ監督が好むハイ強度の守備戦術と完全にマッチ。さらに、左足から繰り出す正確なフィードは、守備から攻撃への切り替えを加速させ、前線へ一気にボールを届ける新たなルートを開拓するはず。
4000万ユーロは未来への投資、プレミアリーグの荒波を超えるための「左の番人」
獲得に要するとされる移籍金は4000万ユーロ。決して安くはない金額だが、近年のプレミアリーグにおけるディフェンダーの相場高騰、とりわけ左利きセンターバックに付くプレミアム価格を考慮すれば、これは適正範囲内、あるいは競合他社が動き出す前の適正価格と判断できる。
エヴァートンの財務状況は常に綱渡りだが、新スタジアムでの最初のシーズンを中位、あるいはそれ以上で終えるためには、財布の紐を緩めるべきタイミングが存在する。今がまさにその時。
ナタンの魅力は、その屈強なフィジカルだけにとどまらない。彼はボールを持った際に自らドリブルで持ち上がり、相手の中盤のプレスラインを無力化する推進力を持っている。エヴァートンが苦しむ「自陣からの脱出」において、パスコースがない局面に独力で解決策を提示できるディフェンダーは貴重だ。
ラ・リーガで磨かれたビルドアップ能力と、セリエAで培われた守備の駆け引き。これらがプレミアリーグのスピード感と融合した時、ナタンはリーグ屈指のディフェンダーへと化けるポテンシャルを秘めている。
報道によれば、エヴァートン以外にも複数のクラブが彼に関心を寄せているという。だが、プレミアリーグという最高の舞台、そして歴史あるクラブの変革期における主役というポジションは、野心的なブラジル人にとって魅力的なオファーに映るはず。
既存のセンターバック陣との競争、あるいは共存によって守備のレベルを一段引き上げる。それができなければ、過酷なプレミアの荒波に飲み込まれるだけだという危機感が、クラブを突き動かしている。
個人的な見解
これまでの補強策に見られた「安価なベテランでのその場しのぎ」ではなく、20代前半という脂の乗った年齢で、かつ市場価値の高い選手に資金を投じようとする姿勢に、クラブの明確な意志を感じる。
4000万ユーロという金額はリスクを孕むが、守備の崩壊がもたらす降格のリスクや、順位低迷による収益減と比較すれば、必要な投資コストと言える。
特に私が期待するのは、ナタンが持つ「闘争心」がチームにもたらす化学反応である。グディソン・パークからブラムリー・ムーア・ドックへと魂の場所が移っても、サポーターが愛するのは泥臭く、気迫を前面に出して戦う戦士。
ナタンのプレーには、観客を煽り、チームメイトを鼓舞する熱量がある。技術や戦術眼もさることながら、苦しい時間帯に最終ラインで仁王立ちできるメンタリティこそが、今のエヴァートンに最も欠けている要素ではないか。
この冬、青いユニフォームに袖を通した彼が、マージーサイドの新たな英雄として君臨する未来を、私は強く信じている。エヴァートンよ、この原石を逃してはならない。