冬の気配が色濃くなるミュンヘンの空の下、2025-26シーズンも折り返し地点が見え始めた今、あまりに突飛で、そして腹立たしいニュースが舞い込んできた。ゼーベナー・シュトラッセのオフィスでは、来夏のチーム計画に向けた議論が熱を帯びているはずだが、そこから漏れ伝わる数字は正気を失っている。
プレミアリーグの中堅クラブ、ブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンが、またしても我々を財布代わりに見ている節があるのだ。ターゲットはカルロス・バレバ。21歳のカメルーン代表MFに対し、彼らが要求する額は8500万ユーロに達するという。この数字を聞いて冷静でいられるサポーターなど、ミュンヘンのどこを探しても存在しない。
プレミアリーグのインフレが生んだ8500万ユーロの幻想とカルロス・バレバの実像
ドイツ紙『tz』のフィリップ・ケスラー記者が発信したこの情報は、現在の移籍市場がいかに歪んでいるかを残酷なまでに映し出す。バイエルンがカルロス・バレバをリストアップしたこと自体は理解できる。
左利きの守備的MFという希少性、中盤の底から強引にドリブルで局面を打破する推進力、そしてプレミアリーグの強度で揉まれた対人守備の強さは、確かに今のバイエルンに欠けているピースの一つかもしれない。リールからイングランドへ渡り、カイセドの穴を埋めるべく奮闘してきた若者のポテンシャルは疑いようがない。
だが、8500万ユーロという価格設定は、選手の実力評価ではなく、ブライトンというクラブの「商魂」そのものだ。トニー・ブルーム会長が作り上げたデータ偏重のスカウティングシステムを武器に、安く買った原石を磨き上げ、パニックバイに走るビッグクラブへ高値で売りつけるビジネスモデルを完成させた。
チェルシーがその罠に何度も嵌ったが、バイエルン・ミュンヘンは違う。堅実な経営と的確な補強で欧州の覇権を争ってきたクラブだ。実績よりも将来性に重きを置いた先行投資に、ハリー・ケイン級の巨額を投じる道理はどこにもない。
この報道が真実味を帯びて語られる背景には、スポーツディレクターのマックス・エベールらが抱く中盤への危機感がある。ヨシュア・キミッヒの負担軽減、あるいはアレクサンダル・パブロビッチの相棒探しは急務だが、プレミアリーグのバブル価格に付き合うことはクラブの財政規律を破壊する行為に等しい。
バレバがワールドクラスへ変貌する可能性はあるが、現時点での彼は荒削りなダイヤモンドに過ぎない。その原石に1億ユーロ近い値札をつけるブライトンの傲慢さと、それを報じるメディアの無責任さが、この冬の寒さを一層厳しく感じさせる。
ヴァンサン・コンパニの哲学が宣告するレオン・ゴレツカとの決別
バレバ獲得の噂が飛び交う最大の要因は、レオン・ゴレツカというかつての英雄が、もはやバイエルンの構想外になりつつある現実にある。2025年の今、ヴァンサン・コンパニ監督が敷く厳格なポジショナルプレーにおいて、ゴレツカの居場所は完全に消滅した。
コンパニが中盤に求めるのは、常に正しい位置に立ち、相手のプレスを無効化する幾何学的なポジショニングと、ミスなくボールを循環させるメトロノームのような安定感。
対してゴレツカの本質は、カオスの中に飛び込み、フィジカルでねじ伏せる「ボックス・トゥ・ボックス」のダイナミズムにある。彼がピッチを縦横無尽に駆け回り、ゴール前に顔を出すスタイルは、ハンジ・フリック時代には最強の武器だった。
しかし、緻密な規律を求めるコンパニのサッカーにおいて、彼の自由な動きはチームのバランスを崩すノイズでしかない。前線へ飛び出した背後に広大なスペースを空け、カウンターの起点にされるシーンを今シーズン何度目撃したことか。
「老いた犬に新しい芸は仕込めない」という残酷な格言が、今のゴレツカには痛いほど当てはまる。30代に差し掛かり、自身のスタイルが確立された選手を、全く異なる哲学の枠に押し込めるのは不幸な結果しか生まない。
高額なサラリーを受け取りながらベンチを温める、あるいはピッチ上で戦術的な不協和音を奏でるベテランとの別れは、感情論ではなく論理的な帰結として受け入れるべきだ。契約延長などあり得ない。今こそ、過去の功績に感謝しつつ、冷徹に未来を選択する時だ。
バイエルンには、外部から高額な選手を連れてくる以外にも選択肢がある。ブラジルから発掘された新たな才能ゼ・ルカスや、ホッフェンハイムから引き抜かれるであろうトム・ビショフといった若き才能たち。
特にビショフの戦術眼と左足のキックは、コンパニの求めるサッカーに合致。8500万ユーロを捻出くらいならば、彼らのようなハングリーな若手に投資し、バイエルンの哲学を叩き込む方が遥かに健全と言えるだろう。
個人的な見解
移籍市場のニュースを見るたびに、サッカー界がどこか狂った方向へ進んでいると感じずにはいられない。ブライトンが優秀なクラブであることは認めるが、カルロス・バレバに8500万ユーロ? ふざけるのもいい加減にしてほしい。
この金額は、長年ブンデスリーガで実績を積み重ねたワールドクラスの選手に支払われるべきものであって、プレミアリーグで1、2年活躍しただけの若者に支払うものではない。
バイエルンのフロント陣がこの馬鹿げたゲームに参加しないことを、心から願っている。もしこの金額を支払うとなれば、それは「FCバイエルン」が「FCハリウッド」へと逆戻りする合図となるだろう。
そしてレオン・ゴレツカについて。彼の退団説が出るたびに胸が痛むファンも多いだろう。私自身、彼がCL制覇に貢献したあの強靭な肉体と献身性を忘れたわけではない。だが、プロフットボールの世界において「変化」は避けて通れない。
コンパニ監督が目指す頂に、ゴレツカのスタイルはもうフィットしないのだ。これは選手の質の低下ではなく、時代の変化だ。彼には別のクラブで、そのダイナミズムを再び爆発させてほしいと心から思う。
バイエルンは、パブロビッチやゼ・ルカス、ビショフといった次の世代に鍵を渡す覚悟を決めるべきだ。痛み無くして改革なし。過去の栄光にすがりつくことなく、新しい血を循環させることが、真の王者の振る舞いだと信じている。
