アンフィールドの冷たい風が、ベンチコートに身を包んだ背番号14の頬を撫でる。プレミアリーグは過酷なフェスティブ・ピリオドへ突入しようとしている。ピッチ上では、赤いシャツを着たイレブンが激しい肉弾戦を繰り広げているが、そこにフェデリコ・キエーザの姿はない。
2024年の夏、ユベントスから「バーゲン価格」とも言える1000万ポンドでマージーサイドへやってきたイタリア代表のウィンガー。加入から約1年半が経過し、彼がリバプールの一員としてピッチに立った時間は、公式戦15試合でわずか384分に過ぎない。
単純計算すれば1試合あたり25分強。この数字は、かつてユーロを制し、世界中のディフェンダーを恐怖に陥れたアタッカーにはあまりに似つかわしくない。
2026年北中米ワールドカップまであと半年という重要な時期に、彼はキャリアの分岐点に立たされている。飼い殺しの現状に甘んじるか、それとも母国からの熱烈なラブコールに応えて環境を変えるか。冬の移籍市場を前に、水面下での駆け引きはすでに始まっている。
スロットの規律とサラーの牙城、その狭間で
アルネ・スロット監督率いるリバプールは、組織的なプレッシングとボール保持のバランスが高い次元で融合し、今季もタイトル争いを演じている。その中でキエーザの立ち位置は明確で、信頼できるバックアッパーに甘んじている。
右ウイングには、依然としてモハメド・サラーが君臨。エジプトの王は衰えが目立ち、最近はメディアでの発言でチームを外れているものの、まだまだ若いものに負けない。左サイドにはコーディ・ガクポが定着し、アレクサンデル・イサクとウーゴ・エキティケが最前線のポジション争いを繰り広げる。
この分厚い攻撃陣の層こそがリバプールの強さだが、それは同時にキエーザにとって高すぎる壁として立ちはだかる。また同選手が最も得意とする左ウイングでの起用は少なく、センターフォワードなどでのプレーが続く。
もちろん、キエーザ自身のパフォーマンスが劣っているわけではない。今季開幕戦のボーンマス戦で見せた決勝ゴールを思い出してほしい。右サイドでボールを受けた瞬間、爆発的な加速でマーカーを置き去りにし、角度のないところからファーサイドへ突き刺したあの一撃。
あれこそがキエーザだ。縦への推進力、シュートへの積極性、そして何よりゴールへのあくなき執着。彼は限られた384分という時間の中で、2ゴール3アシストという結果を残した。90分あたりの得点関与率で見れば、チーム内でもトップクラスの数字を叩き出している。
スロット監督は会見で度々、キエーザの練習態度や途中出場時のインパクトを評価するコメントを残している。だが、指揮官の言葉と起用法には乖離がある。戦術的な規律を重んじるスロットのフットボールにおいて、キエーザの持つアグレッシブさは、ビハインド時の切り札としては重宝されるが、スタートから試合をコントロールする駒としては序列が低いのかもしれない。
加えて、プレミアリーグ特有のフィジカルコンタクトの激しさが、古傷に対する懸念を呼び起こし、首脳陣に慎重な起用を強いている可能性も否定できない。
だが、選手にとってプレータイムこそが全てだ。特に、アズーリでの地位を確固たるものにし、ワールドカップのピッチに立つことを夢見るキエーザにとって、今の状況は許容範囲を超えているはずだ。ベンチで試合終了の笛を聞くたびに、彼の内なる炎は不完全燃焼の煙を上げている。
カルチョの熱風、コンテとガスペリーニが提示する「主役」の座
リバプールでの燻ぶりを敏感に察知し、救いの手を差し伸べようとしているのが、セリエAの強豪ナポリとASローマだ。イタリアメディア『Tutto Mercato Web』によると、両クラブはすでにリバプールに対して正式な問い合わせを行い、冬のマーケットでの獲得可能性を探っているという。
ナポリを率いるのは、あのアントニオ・コンテ。彼のフットボール哲学において、ウイングやシャドーの選手には、創造性だけでなく、90分間走り続ける献身性と強度が求められる。攻守の切り替え時にスプリントを繰り返し、球際で激しく戦えるキエーザは、まさに「コンテ好み」の選手だ。
ナポリは現在、前線の構成に変化を求めている。現有戦力への依存度を減らし、攻撃の多角化を図る上で、右サイドあるいは2トップの一角としてキエーザを加えるプランは極めて理にかなっている。アウレリオ・デ・ラウレンティス会長もコンテの要望に応えるべく、冬の補強資金を準備しているとの情報もあり、本気度は高い。
一方、首都ローマではジャン・ピエロ・ガスペリーニが虎視眈々と機会を窺う。アタランタで築き上げたマンツーマン・ハイプレスのスタイルをローマに移植中の名将は、前線に「質」と「量」の両立を求める。
パウロ・ディバラの魔法は健在だが、フィジカル面での不安は常につきまとう。キエーザの加入は、ローマの攻撃に縦への鋭い槍を加えることになる。ガスペリーニの戦術下では、ウイングバックやシャドーといった複数のポジションで起用される可能性があり、ポリバレントな能力を持つキエーザにとって、自らの価値を再証明する絶好の舞台となるだろう。
リバプール側の事情も複雑。マイケル・エドワーズらフロント陣は、獲得時の低コストを考えれば、適正価格での売却ならキャピタルゲインを得られると計算するかもしれない。
しかし、シーズン後半戦、特にチャンピオンズリーグの決勝トーナメントを見据えた時、キエーザのような質の高いアタッカーを手放すリスクは計り知れない。誰かが怪我をした瞬間、層の薄さが致命傷になりかねないからだ。
個人的な見解
この冬、リバプールはキエーザを手放すべきではない。断じて否だ。たしかに出場時間は限られているし、ナポリやローマからのオファーは魅力的だろう。彼自身のキャリアを考えれば、イタリア帰還が正解だという意見も理解できる。だが、アンフィールドにはまだ彼が必要。
プレミアリーグの優勝争い、そして欧州の頂点を目指す戦いは、ここからが正念場だ。疲労が蓄積し、怪我が頻発する2月、3月にこそ、フェデリコ・キエーザの真価が問われる。膠着した展開を独力で打開し、理不尽なまでのエネルギーでスタジアムの空気を一変させる力。
それは、戦術や規律を超えたところにある「個の暴力」であり、タイトルを勝ち取るチームには必ずジョーカーが必要なのだ。384分という数字は、これからの爆発への助走期間に過ぎない。
スロット監督はリスクを冒してでも彼をピッチに送り出し、その野性を解き放つべきだ。赤いシャツを着て咆哮するキエーザの姿を、私はシーズンのクライマックスでこそ見たい。