12月の冷たい雨がロンドン・スタジアムのピッチを濡らす中、水面下では熱を帯びた交渉戦が始まろうとしている。クリスタル・パレスの主将、マルク・グエイの退団がいよいよ秒読み段階に入った今、セルハースト・パークの強化部は感傷を捨て、次なる一手へと舵を切った。
英『Claret and Hugh』によると、彼らが照準を定めたのは、同じロンドンに本拠を置くライバル、ウェストハム・ユナイテッドの主力センターバック、マックス・キルマン。2024年の夏、4000万ポンドという巨額の移籍金でウルブスからハマーズへ加わったばかりのこの長身DFが、わずか1年半で再びユニフォームを着替えるシナリオが現実味を帯びている。しかも、驚くべき割安価格で。
南ロンドンの野心とウェストハムの迷走、交錯する思惑
クリスタル・パレスにとって、マルク・グエイの放出は避けられない運命だったとはいえ、その後釜選びはクラブの未来を左右する重大事。オリヴァー・グラスナー監督が求めるのは、ただゴール前を固めるだけの選手ではない。
高いライン設定を恐れず、広大な背後のスペースをカバーできる走力、そして何より、左足から繰り出されるビルドアップの質だ。その全ての条件を高水準で満たすのが、マックス・キルマンというプレーヤーだ。
キルマンは今季もウェストハムの守備の要として、ここまでリーグ戦ほぼ全ての試合でスタメンに名を連ねている。194cmの高さはセットプレーでの脅威となり、フットサル仕込みの足技は相手のハイプレスを無効化する。特に、左利きのセンターバックという希少性は、パレスの攻撃構築において劇的な変化をもたらすはず。
右利きのグエイが抜けた穴を、左利きのキルマンで埋める。これにより、ピッチ左側からの配球角度が広がり、エベレチ・エゼや鎌田大地らが待つハーフスペースへのパス供給がよりスムーズになる。戦術的なパズルは見事に嵌まる。
さらにパレスにとって都合が良いのは、キルマンがすでにプレミアリーグの水に慣れきっている点だ。「適応期間」という不確定要素を排除し、加入翌日から即戦力として計算できる。冬の移籍市場において、これほどリスクの低い投資対象は他にない。
4000万ポンドの価値を持つ男を、なぜ2500万ポンドで手放すのか
しかし、この移籍話にはあまりにも不可解な点がある。それはウェストハム側が設定したとされる2500万ポンドという移籍金。今回の報道が事実であれば、ウェストハムは1年半前に4000万ポンドを投じた主力選手を、およそ1500万ポンドもの損失を出して売却することになる。これは通常のクラブ経営ではあり得ない「損切り」だ。
ここから透けて見えるのは、ウェストハムが抱える深刻な台所事情、あるいは現場とフロントの間に生じた埋めがたい亀裂。PSR(収益性と持続可能性に関する規則)への抵触を回避するための現金化なのか、それとも現体制下の戦術変更による余剰戦力化なのか。いずれにせよ、東ロンドンの混乱は、南ロンドンのイーグルスにとって千載一遇の好機となる。
2500万ポンドという金額は、近年のプレミアリーグ市場においては破格の安さ。グエイの売却で得られるであろう莫大な資金の一部を流用するだけで、同等の実力者を確保できる。パレスの強化部の手腕が再び光る瞬間が近づいている。
もしこの「ロンドン間トレード」が成立すれば、パレスは守備強度の維持どころか、ビルドアップの質的向上さえ成し遂げるかもしれない。ライバルの混乱に乗じ、その心臓部を抜き取る。これこそが、生き馬の目を抜くプレミアリーグの流儀だ。
個人的な見解
このニュースに触れたとき、最初に抱いた感情は「疑念」だった。ウェストハム・ユナイテッドというクラブが、ここまで露骨な「安売り」をする理由が判然としないからだ。
マックス・キルマンは今季も安定したパフォーマンスを見せており、市場価値が暴落するような致命的なミスや長期離脱があったわけではない。もし本当に2500万ポンドで獲得可能なら、クリスタル・パレスだけでなく、センターバックに不安を抱える中位・上位クラブがこぞって手を挙げるだろう。
パレスとしては、他クラブがこの異常事態に気づき、争奪戦になる前に契約書にサインさせる必要がある。スピード勝負となる。
一方で、パレスの視点に立てば、これほど理にかなった補強はない。マルク・グエイという絶対的なリーダーを失う痛みは大きいが、キルマンにはグエイにはない「高さ」と「左足」がある。
特にセットプレーの守備において、パレスは長年課題を抱えてきたが、キルマンの加入はその特効薬になり得る。28歳という年齢も、若手が多いパレス守備陣に落ち着きをもたらすだろう。
ウェストハムの不可解な動きの裏に何があるにせよ、目の前に転がってきた果実を拾わない手はない。この冬、ロンドンの勢力図がわずかに、しかし確実に書き換わる予感がする。
