2025年の師走、冷たい風が吹き抜けるロンドンのフットボールシーンに、突如として熱を帯びた噂が舞い込んだ。サウスロンドンのセルハースト・パークを本拠地とするクリスタル・パレスが、トッテナム・ホットスパーの快足ウィンガー、ブレスナン・ジョンソンの獲得を画策しているというのだ。
英『The Telegraph』が報じたこの記事は、オリヴァー・グラスナー監督が抱える戦術的な欠乏感を鮮明に映し出している。冬の移籍市場、いわゆる「パニック・バイ」が横行するこの時期に、パレスは極めて冷静かつ大胆なターゲットを定めたよう。
グラスナーが求める「カオス」とジョンソンの適合性
オリヴァー・グラスナーという指揮官は、ピッチ上に秩序あるカオスを作り出すことを好む。彼がフランクフルト時代から一貫して求めてきたのは、相手の守備ブロックが整う前に急襲をかける縦への推進力だ。
2025/26シーズンも折り返し地点を迎えた現在、パレスは確かに組織されたチームだが、マイケル・オリーセが去った右サイドの穴を完全に埋めきれたとは言い難い。この夏にはエベレチ・エゼといったテクニシャンも失った。
とはいえ、鎌田大地やアダム・ウォートンらが中盤を支配。このタイミングにおいて、グラスナーが真に必要としているのは、理屈抜きで相手の背後を突き、ディフェンスラインを強制的に下げさせる暴力的なまでのスピード。
そこで白羽の矢が立ったのがブレスナン・ジョンソンである。ウェールズ代表の彼は、プレミアリーグでも指折りのスプリント能力を誇る。彼のプレースタイルは、足元でボールを受けてコネるタイプではない。スペースへ走り込み、ワンタッチでクロスを上げ、あるいはそのままゴールへ雪崩れ込む。
この直線的な動きこそ、グラスナーのシステムに欠けているピースとなる。ウォートンという稀代のパサーが顔を上げた瞬間、矢のように走り出すジョンソンの姿は、サウスロンドンのファンにとって極上の夢想となるはず。
グラスナーのハイプレス戦術においても、ジョンソンの走力は守備のスイッチを入れる重要な役割を果たす。前線からの猛烈なチェイシングは、パレスのショートカウンターの威力を倍増させるに違いない。
トッテナムのジレンマとフランクの計算
一方で、北ロンドンのトッテナム・ホットスパー側の事情は複雑極まりない。トーマス・フランク監督の下、ジョンソンは主力としてピッチに立ち続けている。数字を見れば、彼は一定の結果を残している。
しかし、トッテナム・ホットスパー・スタジアムのスタンドには、彼に対して常に賛否両論が渦巻いているのも事実。決定機での淡白なプレーや、クロスの精度のバラつきに対し、サポーターのため息が漏れる場面は今シーズンも散見された。
同紙にはトッテナム側の興味深いスタンスが記されている。クラブは積極的にジョンソンを売りに出しているわけではない。だが、 ”攻撃的な補強が決まるならば” という条件付きで、ローンの可能性を排除していないというのだ。
トッテナム首脳陣がジョンソンの現状に100%満足していないことの裏返しでもある。もし、市場でより一対一の突破力に優れたドリブラーや、得点力のあるアタッカーを確保できるなら、ジョンソンの序列は下がる。ベンチに座らせて高額な資産を腐らせるよりは、同じプレミアリーグの他クラブで実戦経験を積ませ、市場価値を維持あるいは向上させたいという計算が透けて見える。
かつてノッティンガム・フォレストに支払った4750万ポンドという巨額の投資を無駄にすることは許されない。完全移籍での放出となれば、同等の金額回収は困難だろう。しかし、パレスへのローンであれば、ジョンソンが水を得た魚のように活躍し、その評価額を再び高騰させるシナリオも描ける。トッテナムにとってのリスクヘッジとして、この取引はあながち非現実的な話ではないのだ。
クリスタル・パレスという環境がもたらす「再生」の可能性
選手個人のキャリアという視点に立てば、この移籍はジョンソンにとって大きな転機になり得る。トッテナムというビッグクラブの重圧は凄まじい。特にSNS上での批判に晒され、精神的なタフネスを試され続けてきた彼にとって、セルハースト・パークの熱狂的だが温かい雰囲気は、失いかけた自信を取り戻すのに最適な場所かもしれない。
パレスのサポーターは、泥臭く走る選手を愛する。ジョンソンが持ち前のスピードでサイドライン際を駆け抜けるだけで、スタジアムは大歓声に包まれるだろう。
この移籍が実現するかどうかは、結局のところトッテナムの補強次第。彼らが「代わりの選手」を見つけられなければ、この話は立ち消えになる。1月の市場は売り手市場であり、即戦力のアタッカーを獲得するのは至難の業。
トッテナムが狙うターゲットの交渉が難航すれば、必然的にジョンソンの残留が決まる。パレスとしては、トッテナムの動きを横目で見つつ、ギリギリまで粘るか、あるいは別のターゲットに切り替えるかの判断を迫られることになる。
2025/26シーズンの後半戦、CL出場権を争うトッテナムと、トップ10入り、あるいはそれ以上を目指すパレス。両者の思惑が交錯するこの取引は、単なる選手の貸し借りではない。それぞれのクラブが描く後半戦の設計図そのものが問われているのだ。
個人的な見解
クリスタル・パレスにとってブレスナン・ジョンソンの獲得は、今冬最高の補強になり得る。現在のパレスに欠けている「ラスト30メートルの迫力」を、彼は劇的に改善するだろう。
マテタが潰れ、ウォートンがパスを出し、空いたスペースにジョンソンが飛び込む。このシンプルな攻撃パターンは、プレミアリーグの多くの守備陣にとって悪夢となる。うまい選手ではないかもしれないが、怖い選手であることは間違いない。
一方でトッテナムにとっては、極めてリスキーな賭け。計算できる戦力を自ら手放し、適応に時間のかかる新戦力、あるいは若手に賭けるのは無謀に近い。仮に新戦力を獲得できたとしても、プレミアリーグの強度を知り尽くしているジョンソンを手元に残し、層を厚くすること上位争いを維持するために必要不可欠。
目先の不満に囚われ、貴重なチームの厚みを削ぐような真似をすれば、シーズン終盤に手痛いしっぺ返しを食らうことになるだろう。スパーズは数字の帳尻合わせではなく、フットボール的な必然性に基づいた決断を求めたい。
