ロンドン・スタジアムに漂う空気は、もはや忍耐ではなく苛立ちだった。ウェストハム・ユナイテッドはグレアム・ポッター監督の解任を正式に発表。わずか9ヶ月で幕を閉じた政権は、クラブの迷走を象徴する出来事となった。プレミアリーグ開幕からわずか5試合で4敗、カラバオカップ敗退、そしてリーグ19位という現実が、クラブの経営陣に決断を迫ったのである。
ポッター政権の挫折と数字が示す現実
ポッターがウェストハムの指揮を執ったのは2025年1月。チェルシーでの短命政権から約2年の空白を経て、再起をかけてロンドン東部にやってきた。しかし、25試合で6勝5分14敗、勝率24%という数字は、プレミアリーグ時代のウェストハム監督の中でも最低水準に沈んだ。
特に今季のスタートは壊滅的だった。開幕戦で昇格組サンダーランドに0-3で敗れると、続くホーム戦ではチェルシーに1-5、トッテナムに0-3と惨敗。唯一の勝利はノッティンガム・フォレスト戦の3-0のみで、直近のクリスタル・パレス戦では1-2で敗れ、サポーターの怒りは頂点に達した。
戦術面でも混乱が目立った。ポッターはブライトン時代のようにポゼッションを軸にした構築型フットボールを志向したが、ウェストハムの選手構成とは噛み合わなかった。中盤でのビルドアップは停滞し、攻守の切り替えは遅れ、カウンターに脆弱な場面が繰り返された。さらに、モハメド・クドゥスのトッテナム移籍によって攻撃の核を失い、補強も後手に回ったことが致命傷となった。
数字は冷酷だ。ポッターの下での平均勝ち点は1.0。これはプレミアリーグ時代のウェストハム監督の中で、アヴラム・グラントに次ぐ低さである。
次期監督候補:ヌーノ・エスピリト・サントの現実性
クラブはすでに後任探しに動いており、最有力候補はヌーノ・エスピリト・サントだと報じられている。ヌーノは昨季ノッティンガム・フォレストを7位に導き、30年ぶりの欧州大会出場権を獲得した実績を持つ。しかし今季はクラブ幹部との確執からわずか3試合で解任されており、そのタイミングがウェストハムにとっては好都合となった。
ヌーノの代名詞は堅守速攻。ウルヴズ時代に構築した3バックを軸とする戦術は、ウェストハムの現有戦力にも適応可能だ。ディフェンスラインの再構築と、ジャロッド・ボーウェンを活かしたカウンターは、クラブが直面する降格危機を脱するための現実的な選択肢となる。
ただし、クラブが掲げる「魅力的なフットボール」との折り合いは課題だ。ヌーノのスタイルは堅実で結果志向だが、観客を沸かせる華やかさには欠ける。経営陣が短期的な残留と長期的なビジョンのどちらを優先するのか、その判断がクラブの未来を左右する。
今回の解任劇は、ただの指揮官交代ではなく、クラブの構造的な問題を浮き彫りにしている。わずか18ヶ月で4人の監督を解任した事実は、経営陣が長期的なビジョンを欠いていることを示している。デイヴィッド・モイーズの退任以降、クラブは一貫性を失い、短期的な結果に振り回され続けている。
ファンの視点からすれば、忍耐の限界を超えたのも理解できる。ロンドン・スタジアムでの3連敗、しかもすべてロンドンのライバル相手という屈辱は、クラブの誇りを深く傷つけた。試合終了前に席を立つサポーターの姿は、クラブとファンの間に広がる溝を象徴していた。
個人的な見解
グレアム・ポッターの解任は、結果だけを見れば当然の帰結。しかし、彼が掲げた理想が完全に間違っていたわけではない。
ポゼッションを軸にした構築型フットボールは、クラブの伝統やプレミアリーグの潮流とも合致していた。
ただし、その実現には時間と適切な補強が不可欠だった。ポッターはそのどちらも得られず、結果として短命に終わった。
一方で、クラブの迷走はより深刻だ。監督を次々と切り捨てる姿勢は、短期的な延命策にはなっても、長期的な成長にはつながらない。
ヌーノ・エスピリト・サントが就任すれば、守備の安定と残留の可能性は高まるだろう。しかし、クラブが本当に必要としているのは「誰を雇うか」ではなく「どんなクラブを築くか」という問いに答えることだ。
ウェストハムは今、岐路に立っている。降格回避に全力を注ぐのか、それとも長期的なビジョンを描き直すのか。いずれにせよ、ファンが求めているのは結果だけではない。クラブの誇りを取り戻す戦いが、ここから始まる。