北ロンドンの寒空の下、トッテナム・ホットスパー・スタジアムには新たな規律と熱狂が渦巻いている。プレミアリーグは過酷な冬の連戦へと突入しようとしているが、スパーズのベンチにはかつての“カオス”はない。
アンジェ・ポステコグルーが去り、トーマス・フランクが指揮を執るようになってから、チームは明らかに計算できる集団へと変貌を遂げた。しかし、組織化されたフランクのフットボールにおいて、なおも欠けているピースがある。
それは、戦術ボードの上では描けない理不尽な突破力。そんな中、フランスから飛び込んできたニュースは、今のスパーズが抱える乾きを癒やす可能性を秘めている。ターゲットは、デイヴィッド・モイーズが再建を図るエバートンで孤軍奮闘するセネガル代表、イリマン・エンディアイエだ。
水面下の攻防…フランク体制が求める「魔術師」への接触
フランスメディア『FootMercato』の報道は、1月の移籍市場を見据えた動きとしては極めて具体的だった。トッテナムはイリマン・エンディアイエの獲得に向けて予備的な協議を行った3つのクラブの一つであり、すでに代理人サイドとの直接的な対話を開始しているようだ。
この夏の移籍市場において、高額移籍で話題をさらったシャビ・シモンズらを迎え入れたトッテナムだが、新戦力の定着に加えて、引いた相手を崩し切る即興性に課題を残している。
特に、フランク監督が求める「ハイプレスからのショートカウンター」が封じられた際、個の力で守備ブロックをこじ開けるドリブラーの存在は不可欠となり、エンディアイエはその役割を担うために生まれてきたような選手と言える。
エヴァートンの現状も、この移籍話を加速させる要因になり得る。老将デイヴィッド・モイーズの下、チームは堅実な守備を取り戻しつつある。驚きをもって迎えられたジャック・グリーリッシュの加入など話題には事欠かないが、依然として中位での争いを余儀なくされているのが現実。
エンディアイエにとって、チャンピオンズリーグ権争いを演じるトッテナムからの誘いは、キャリアのステップアップとして無視できない魅力を持つはず。
「シモンズ×エンディアイエ」の共存、データが示すトッテナムの進化系
なぜ、今のトッテナムにエンディアイエが必要なのか。それは、今夏加入したシャビ・シモンズとの「共鳴」という観点から読み解くことができる。
シモンズは天才的なパサーでありフィニッシャーだが、マークが集中した際、もう一つの攻撃の起点が不足しているのが現状。右サイドのブレナン・ジョンソンはスピードで勝負するタイプであり、狭い局面での打開力という点ではエンディアイエに分がある。
データを見ても、エンディアイエのプログレッシブ・キャリーと、密集地帯でのボールロストの少なさはプレミアリーグ屈指。フランク監督はブレントフォード時代から、システムに忠実な選手を好む一方で、ブライアン・ムベウモやイヴァン・トニーのような独力で解決できる個を重用してきた。
エンディアイエが持つ、相手の重心を逆手に取る独特なリズムと、前線からの猛烈なプレッシング能力は、フランクの戦術哲学に完璧にマッチし、25歳という脂の乗った年齢のエンディアイエは、即戦力かつ長期的なコアメンバーになり得る。
モイーズは守備の構築に定評があるが、攻撃の主軸を引き抜かれることを極端に嫌う。交渉は一筋縄ではいかないだろう。しかし、トッテナムには「フランク体制でのタイトル奪取」という明確なプロジェクトがあり、それを実現するためのラストピースとして彼を指名したのだとすれば、財布の紐を緩める覚悟があるのかもしれない。
個人的な見解
この補強はトーマス・フランクにとってのマスターピースになる可能性を秘めている。
ポステコグルー時代の超攻撃的だが脆いスタイルから脱却し、勝負強さを手に入れつつある今のトッテナムに必要なのは、戦術の枠を飛び越える「カオス」だ。
整然とした組織の中で、エンディアイエのように予測不能な動きをする選手が一人いるだけで、相手ディフェンダーの脳内はパニックに陥る。シャビ・シモンズが指揮棒を振り、エンディアイエがその横で自由な旋律を奏でる。
もちろん、エバートンファンの心情を思えば残酷な話。グリーリッシュとエンディアイエの共演をもっと見ていたいという願いもあるだろう。しかし、フットボールの世界は非情であり、才能はより高いステージへと吸い寄せられる。
1月の移籍市場、北ロンドンのクラブが仕掛けるこの一点突破の補強策は、後半戦のプレミアリーグの勢力図を塗り替える大きな一手になるはず。この噂が現実のものとなるか、我々は固唾を呑んで見守る必要がある。
