クリスタル・パレスのサポーターが「ブーム・ブーム」と愛を込めて呼ぶフランス代表FWジャン=フィリップ・マテタの去就が、にわかに騒がしくなってきた。英『BBC Sport』によれば、アタランタが関心を示しているようだ。
ベルガモの女神はいま、かつてない混乱の渦中にある。長年チームを率いたジャン・ピエロ・ガスペリーニが去り、後任のイヴァン・ユリッチが短命政権で解任されたのが先月のこと。火中の栗を拾う形で就任した新指揮官ラッファエレ・パッラディーノにとって、崩壊しかけたシーズンを救うための特効薬が必要不可欠となっている。
セリエAで苦戦を強いられているアタランタが、プレミアリーグで異次元の輝きを放つマテタに白羽の矢を立てた。これは再建を託された若き戦術家と、キャリアの絶頂期にあるストライカーの利害が一致しかねない、危険なシナリオだ。
パッラディーノが求める「前線の基準点」とマテタの完璧な符合
アタランタの現状を理解するには、時計の針を少し巻き戻す必要がある。ガスペリーニという巨頭がローマへ去った後、クラブは同じ戦術的系譜を持つユリッチにチームを託したが、結果は惨憺たるものだった。
そして11月、クラブは方向転換を決断し、モンツァやフィオレンティーナで評価を高めたラッファエレ・パッラディーノを招聘した。パッラディーノの戦術は、後方からのビルドアップと、前線のフィジカルモンスターを起点とした縦への速攻を融合させる点に特徴がある。
モンツァ時代にミラン・ジュリッチのような長身FWを重用した彼にとって、192cmの巨躯を持ちながら裏への抜け出しも得意とするマテタは、喉から手が出るほど欲しい人材に違いない。
今シーズンのマテタは、オリヴァー・グラスナー監督の下でさらにその怖さを増している。単にボックス内で待つだけの選手ではない。ハーフウェーライン付近でボールを収め、相手DFを引きずりながらターンし、独力でフィニッシュまで持ち込む一連の動作は、プレミアリーグの屈強な守備陣ですらファウルでしか止められない領域に達している。
パッラディーノが構築しようとしているポゼッションスタイルにおいて、苦しい時間帯にロングボールひとつで局面をひっくり返せる理不尽な個は、今のチームに欠けている最後のピース。
アタランタは現在、リーグ順位で中位に沈み、欧州カップ戦圏内への浮上が至上命令となっている。即戦力という言葉すら生ぬるい。「着陸即爆発」が計算できるマテタの獲得は、パッラディーノ体制の成否を分ける生命線となり得る。
グラスナーの悲鳴と冬の移籍市場が突きつける残酷な現実
ロンドンの鷲たちにとって、このニュースは真冬の寒波以上に骨身に沁みる。クリスタル・パレスの攻撃は、マテタという絶対的な大黒柱の存在を前提に設計されているからだ。中盤の選手が自由に動き回れるのは、中央でマテタが相手センターバック2枚と格闘し、スペースを作り出している恩恵に他ならない。
グラスナー監督が彼を「チームの中心」と評して憚らないのも納得がいく。もし冬の市場で彼を引き抜かれれば、パレスの戦術は根底から覆され、後半戦は残留争いという泥沼へ引きずり込まれるリスクすら孕んでいる。
しかし、フットボールビジネスの力学は時に残酷。アタランタはマテタに対して、セリエAでの主役の座だけでなく、財政的にも魅力的な条件を準備している。
マテタ自身、28歳を目前にし、キャリアのピークをどこで過ごすべきか熟考しているはず。愛着あるセルハースト・パークでレジェンドへの道を歩むか、それともイタリアの名門再建という刺激的なプロジェクトに身を投じるか。
パレス側は当然、契約延長のオファーや移籍金の吊り上げで抵抗を試みるだろう。だが、パッラディーノが必要とする「戦術の核」としての明確なビジョンと、アタランタが提示する熱量は、選手の心を揺さぶるに十分な破壊力を持っている。冬の移籍市場が開くその瞬間まで、パレスの強化部は眠れぬ夜を過ごすことになるだろう。
個人的な見解
クリスタル・パレスはこの冬、いかなる代償を払ってでもジャン=フィリップ・マテタを死守しなければならない。アタランタの混乱に乗じて高額な移籍金を引き出せたとしても、シーズン途中に彼の代役を見つけることは不可能に近い。
今のパレスからマテタを抜くことは、エンジンのないスポーツカーでレースに出るような愚行である。グラスナー監督が築き上げてきた組織的なプレスとショートカウンターの完結点は、常にマテタでなければならない。クラブ首脳陣は、目先の利益ではなく、クラブの競争力を維持するという本質的な価値に重きを置くべきだ。
一方で、マテタ個人に視点を移せば、パッラディーノ率いるアタランタへの移籍は非常に興味深い賭けでもある。ガスペリーニの遺産と決別し、新たなスタイルを模索するベルガモの地で、彼が新生アタランタの顔として君臨する姿を見てみたいという欲求も否定できない。
イタリアの守備戦術の遺伝子が残るセリエAで、彼の規格外のフィジカルがどれほど通用するのか、それは純粋な興味の対象だが、それでもあえて言おう。
彼はまだプレミアリーグの王として君臨し続けるべきだ。あのコーナーフラッグを蹴り折るパフォーマンスが最も似合うのは、やはりロンドンの曇り空の下なのだから。
