ロンドンの空が鉛色に染まる季節、イースト・ロンドンのサポーターたちの心もまた、晴れることのない厚い雲に覆われている。ロンドン・スタジアムに響くのは歓喜の歌声ではなく、深いため息と苛立ちの混じったブーイングだ。
それも無理はない。かつて鉄の結束を誇ったはずのウェストハム・ユナイテッドの守備陣は、今や見る影もなく崩壊の一途をたどっているからだ。リーグ戦わずか15試合を消化した時点で29失点。1試合平均およそ2失点という数字は、プレミアリーグという残酷な戦場において、降格という二文字を現実のものとして突きつけられるに十分すぎるほどの惨状だ。
だが、暗闇の中に一筋の光が差し込もうとしているのかもしれない。この守備崩壊という緊急事態を受け、クラブ首脳陣がついに重い腰を上げたようだ。フランスのリーグ・アンで急速に評価を高めている若き才能、サムソン・ベイドゥーの名前が補強リストの最上位に浮上してきたのである。
まだ21歳という若さながら、ピッチ上で放つ存在感はベテランの如き風格を漂わせるオーストリアの若武者。彼こそが、ハマーズの沈みゆく船を救う救世主となり得るのか。冬の移籍市場を前に、ロンドンのフットボールシーンがにわかに熱を帯び始めている。
惨憺たる守備スタッツとサムソン・ベイドゥーへの渇望
ウェストハム・ユナイテッドが直面している現実は、直視するのも辛いほどに厳しい。プレミアリーグの順位表を見れば、彼らが残留争いの渦中にいることは一目瞭然だが、それ以上に深刻なのは守備のクオリティだ。かつては堅守速攻を武器に欧州の舞台でも躍進したチームが、今では相手アタッカーにとっての格好の草刈り場と化している。
15試合で29失点という数字は、リーグワースト級の不名誉な記録であり、毎試合のように守備網が破られ、ゴールネットを揺らされている計算になる。クロス対応の不味さ、ラインコントロールのミス、対人守備での脆さ。あらゆる課題が噴出する中で、即戦力のセンターバック確保はもはや願望ではなく、クラブ存続のための絶対的な義務となった。
こうした状況下で、英『TEAMtalk』が報じたニュースはサポーターにとって久々の希望となり得るものだった。同メディアによれば、ウェストハムはフランスのランスでプレーする21歳のオーストリア代表DFサムソン・ベイドゥーに強い関心を寄せているという。
ベイドゥーは2025年7月、育成の名門レッドブル・ザルツブルクから800万ユーロでランスへと渡ったばかりの選手。フランスの水に慣れるのに時間を要する選手も多い中、彼は驚異的な適応能力を見せ、加入直後からレギュラーの座を確保してみせた。
リーグ・アンでの14試合出場に加え、センターバックながら2ゴール1アシストを記録している点は見逃せない。守備の安定だけでなく、セットプレーや攻撃参加においてもチームに貢献できるモダンなディフェンダーであることを証明している。
しかし、この逸材を狙っているのはウェストハムだけではない。同じロンドンを本拠地とするクリスタル・パレスもまた、ベイドゥーの動向を虎視眈々と追っていると報じられている。パレスもまた、守備の再構築を模索しており、将来性豊かな若手CBの獲得に余念がない。
ロンドン・ダービーはピッチの上だけでなく、移籍市場という戦場でも繰り広げられようとしているのだ。ウェストハムとしては、ライバルに出し抜かれることだけは避けなければならない。現在のチーム状況を考えれば、守備の再建は一刻の猶予も許されない最優先事項であり、ベイドゥーのようなクオリティを持つ選手を逃せば、後半戦の巻き返しは夢のまた夢となってしまうだろう。
リーグ・アンで証明された実力とザルツブルク産の信頼性
サムソン・ベイドゥーという選手を語る上で、彼のバックグラウンドである「レッドブル・ザルツブルク」という要素は極めて重要。オーストリアの絶対王者は、これまでもダヨ・ウパメカノやイブラヒマ・コナテといった世界的なセンターバックを輩出し続けてきた、いわばDF育成の工場である。
ベイドゥーもまた、その系譜に連なる正統後継者といっていい。ザルツブルクで培われたハイライン設定への適応力、広大なスペースをカバーするスピード、そしてボールを持った際のビルドアップ能力は、現代フットボールがセンターバックに求める要素を全て高水準で満たしている。
ランスへ移籍してからの彼のパフォーマンスは、その評価をさらに確固たるものにした。フィジカルコンタクトが激しいリーグ・アンにおいて、21歳の若者が屈強なストライカーたちと対等、あるいはそれ以上に渡り合っている事実は驚嘆に値する。
現在の市場価値は800万ユーロとされているが、ピッチ上でのパフォーマンスを見る限り、その価値はすでに倍以上に跳ね上がっていると見ても過言ではないだろう。オーストリアU-21代表としても15キャップを数え、フル代表への定着も時間の問題とされている。
特筆すべきは攻撃性能。今季記録している2ゴール1アシストという数字は、単なる偶然ではない。セットプレー時のターゲットとしての強さはもちろん、機を見た持ち上がりから決定機を演出するセンスも持ち合わせている。
ウェストハムのように、守備に追われる時間が長くなりがちなチームにとって、守備から攻撃への切り替えスイッチを入れられるセンターバックの存在は計り知れない価値を持つ。奪ったボールをただクリアするのではなく、次の一手へと繋げられる能力。それこそが、今のハマーズに欠けている最後のピースなのかもしれない。
契約は2030年まで残されており、ランス側には売却を急ぐ理由は全くない。獲得からわずか半年で主力を手放すとなれば、相応の移籍金、あるいはプレミアリーグ勢特有の「説得力のあるオファー」が必要になるだろう。
だが、残留争いという断崖絶壁に立たされたウェストハムにとって、金銭を惜しんでいる余裕はないはずだ。守備の要を確保できるか否かは、プレミアリーグにおける彼らの命運を左右する。ベイドゥー獲得は、単なる戦力補強以上の意味を持つ、クラブの未来を賭けた一大プロジェクトとなるだろう。
個人的な見解
個人的な見解を述べさせてもらえば、ウェストハムはこのサムソン・ベイドゥー獲得レースにおいて、あらゆるリスクを冒してでも勝負に出るべきだ。現在の守備陣の惨状を見るに、既存戦力のやり繰りや戦術的な修正だけで改善を図るのは限界に達している。必要なのは劇薬であり、チームの空気を一変させる新たなエネルギーとなる。
ベイドゥーのような若く、ハングリーで、かつ実績のある選手を加えることは、ピッチ上のパフォーマンス向上はもちろん、沈滞したロッカールームに活気を取り戻す起爆剤となり得る。ランス加入から半年での引き抜きは難易度が高いミッションだが、プレミアリーグの資金力と世界最高のリーグでプレーするという魅力を武器に、強引にでも扉をこじ開ける価値はある。
一方で、懸念がないわけではない。半年前にオーストリアからフランスへ渡り、今度は冬のイングランドへ。短期間での環境激変は、21歳の若者の適応力に過度な負荷をかける可能性がある。特にプレミアリーグのスピードとフィジカル強度は別次元であり、即戦力を期待されすぎるプレッシャーが彼を押しつぶしてしまうリスクもゼロではないだろう。
しかし、それを差し引いても、彼のポテンシャルと現在のウェストハムの窮状を天秤にかければ、答えは自ずと出るはず。守備の崩壊を指をくわえて見ている暇があるなら、未来のスター候補に賭ける勇気を見せてほしい。